「違法」と言われた翌日に、新しい関税が生まれた
ニュースの見出しだけを追っていると、話が矛盾しているように見える。「米連邦最高裁が、トランプ政権の広範な関税に待ったをかけた」——と思ったら、翌日にはトランプ大統領がSNSで「全世界への関税を15%に引き上げる」と宣言した。
「あれ、最高裁が止めたんじゃないの?」
そう感じた人は多いはずだ。だが、この二つのニュースは矛盾していない。問題の核心は、「どの法律を使って関税を課すか」という、少し入り組んだ話にある。
最高裁が問題にしたのは「法律の使い方」だった
まず、最高裁が何を判断したのかを整理しておきたい。
トランプ政権はこれまで、輸入品への大規模な追加関税を課す際に、IEEPA(国際緊急経済権限法)と呼ばれる法律を根拠にしてきた。この法律は、国家的な緊急事態に際して大統領に広い権限を与えるものだが、最高裁は「この法律は、関税を課す権限まで大統領に委任していない」という趣旨の判断を示した。
つまり問題は、「関税そのものが違憲だ」ということではない。IEEPAという法律が関税を課す権限を委任していなかった——権限の根拠が崩れた、という話だ。
この判断を受けて、トランプ政権は即座に別の法律に乗り換えた。
「122条」という”旧い武器”の登場
政権が新たに持ち出したのは、1974年通商法第122条(Section 122)という条文だ。半世紀近く前に作られた法律で、使われた先例も少ない。
この条文が認めているのは、大まかに言えば「アメリカの国際収支(輸出と輸入の差)が大きく悪化している場合に、最大15%・原則150日間の一時的な一律関税を課せる」というものだ。
ホワイトハウスは当初、この122条に基づいて全世界を対象に10%のベースライン関税を設定し、2026年2月24日午前0時1分(米東部時間)から発効させると文書で明示していた。
そして発効を前に、トランプ大統領はSNSでこう投稿した。「10%ではなく、15%に引き上げる」——。
「15%」は、まだ宙に浮いている
ただし、この15%への引き上げについては、注意が必要だ。
SNSの投稿に法的効力はなく、AP通信も「ホワイトハウスは、15%に更新した命令に署名する時期を明言していない」と報じている。つまり、大統領が発信した内容と、実際に法的効力を持つ文書(大統領令)との間に、現時点では”空白”が存在している。
また、122条には上限が定められている。関税率の上限は15%、期間の原則は150日だ。2月24日起算では、概ね7月下旬(7月23〜24日ごろ)にあたる。いくら大統領が望んでも、この法律の枠内では15%を超えることはできないし、150日が過ぎれば延長には議会との調整が絡んでくる。
最高裁に「その法律の使い方はおかしい」と止められた政権が、今度は「その法律で許される範囲の上限」に設定した——ともいえる構図だ。
「全世界15%」でも、全部が15%になるわけではない
もうひとつ、数字だけ見ると誤解しやすい点がある。「全世界への一律関税」と言っても、実際には例外品目が非常に多いという点だ。
除外されている主な品目には、重要鉱物、エネルギー(石油・天然ガスなど)、医薬品、一部の電子機器、車両、航空宇宙関連製品などが含まれる。加えて、USMCA(米国・カナダ・メキシコ協定)の適用品や中米FTAの免税品なども除外対象とされている。「一律」という言葉から想像するような”すべての輸入品に均一に課税”とは、実態がかなり異なる。
さらに複雑なのは、鉄鋼やアルミニウムなど、すでに通商拡大法232条(国家安全保障を根拠とする条文)に基づいた別の関税がかかっている品目との関係だ。122条と232条の税率が重複する場合、枠組み上は232条が優先される設計になっているとされる。
実際にどの輸入品に何%の税率が適用されるかは、関税分類表(HTSUS)と通関ガイダンスの細部によって決まるため、実務レベルではまだ不透明な部分が残っている。
関税は「政府が受け取る」が、払うのは誰か
ここで一度、関税の仕組みの基本を確認しておきたい。
関税は、輸入された商品が国境を越えるときに課される税金だ。実務上、まず支払うのは輸入業者だ。しかしその後、負担が誰に転嫁されるかは場合による。
- 輸入業者が価格に上乗せして消費者に転嫁する(値上がり)
- 企業が利益を削って吸収する(業績悪化)
- 輸入を減らしてサプライチェーンを変更するコストが生じる
イェール大学のBudget Lab(予算分析機関)の試算では、今回のような関税が続いた場合、物価水準が0.5〜0.6%程度押し上げられる可能性があり、平均的な米国の世帯では年間600〜800ドル(約9〜12万円)相当の実質的な負担増になり得るという(ただしこれは試算であり、前提となる仮定によって変わる)。
「時限措置」の先に何があるか
122条関税は原則150日の時限措置だ。では、それが終わったら関税は消えるのか——ただ、そのまま消えるとは限らない。
トランプ大統領は、より恒久的に関税を維持・拡大するために、今後は別の法律を活用する意向を示唆している。
- 通商法301条:特定の国や分野の「不公正な貿易慣行」を調査し、対抗措置として関税を課す枠組み。狙い打ちが可能な分、手続きに時間がかかる。
- 通商拡大法232条:国家安全保障上の脅威を根拠に、分野ごとに関税や数量制限が可能。上限率の縛りが弱く、長期化しやすい。
外交政策研究機関のCFR(外交問題評議会)は、「122条は一律・時限という制約が強く、より持続的に積み上げるには232条や301条など別ルートが中心になる」と整理している。つまり122条は”橋渡し”として機能し、その後に別の仕掛けが続く可能性がある。
「最高裁が歯止め」でも、世界が安堵できない理由
欧州では、独仏の首脳が「関税は誰にとっても害だ」という趣旨の発言をしており、ロイター通信はその反応を伝えている。
外交的に注目される論点は、「一律15%になることで楽になる国」と「個別の合意によって今後もより高い税率を維持される国」が混在し得るという点だ。トランプ政権は「合意は守らせる」という立場を示しているが、通関上どう実装するかは実務的な不確実性が残る。
「最高裁がIEEPAを使った関税に歯止めをかけた」というニュースは、確かに政権の権限に制約を与えたことを意味する。しかし政権は即座に別の法律に切り替え、関税の枠組みを再構築した。最高裁が止めたのは「使い方の誤り」であり、関税政策そのものではなかった。
形を変えながら続く関税の動向は、輸出に依存する日本企業にとっても、直接間接に影響を及ぼし得る問題だ。15%が「いつ・どの文書で」正式に発効するか、150日後に何が来るか——引き続き一次情報を確認していく必要がある。
出典:ホワイトハウスファクトシート(2026年2月24日)、AP通信、ロイター通信、CFR(外交問題評議会)、イェール大学Budget Lab

