2026年2月20日、国会議事堂の本会議場。高市総理大臣は、衆参両院の議員を前に施政方針演説を行った。
「成長のスイッチを押しまくる」
その言葉は、演説の空気を端的に表していた。昨年の衆議院選挙で圧勝した高市政権が、今の国会で何をやりたいのか。その「基本方針」が、この日の演説で示された。
連休明けの24日から、野党が一斉に問いを突きつける代表質問が始まる。国会論戦が本格化する。
「施政方針演説」とは何か
まず、この演説の位置づけを押さえておきたい。
施政方針演説とは、首相が国会の冒頭に衆参両院の本会議で行う「その国会で何を優先して進めるか」を示す演説だ。法律や予算の審議が始まる前に、政権がどんな方向を向いているかを宣言する場と言ってよい。ここで掲げたテーマが、以後の質疑・法案・予算審議の軸になる。
一般の有権者にとっては「首相が演説した」と報じられることが多く、詳細まで目に触れる機会は少ない。しかし実際には、この演説の文言と力点こそが、国会の論点を形づくる文書の側面がある。
演説の核心──「責任ある積極財政」とは何か
今回の演説の柱は、「責任ある積極財政」という言葉に集約される。
「積極財政」とは、政府が公共投資や産業支援などの支出を積極的に行い、経済成長を後押しする考え方だ。長年、日本では「財政再建」──つまり支出を絞って借金を減らすこと──が重視されてきた。その流れとは一線を画す姿勢を、高市政権は打ち出している。
「責任ある」という形容詞がつくのは、ただ使うだけでなく、規律も維持するという意味を込めるためだ。演説では「野放図な財政は取らない」「債務残高の対GDP比を安定的に引き下げる」「具体的な指標を明確化する」といった言葉も並んだ。「使うけれど、歯止めもある」というバランスを言葉の上で示している。
具体的な方向性としては、AI・半導体・造船といった成長分野への国内投資促進、危機管理への備え、そして予算の立て方の見直しが挙げられた。特に注目されるのが「複数年度予算」の活用だ。
「複数年度予算」という新しい試み
日本の予算は、これまで原則として「1年ごと」に組み立てられてきた。毎年度、ゼロから審議して決める「単年度主義」と呼ばれる仕組みだ。
この仕組みでは、長期的な投資計画を立てにくいという問題があった。道路や工場、研究開発は数年がかりのプロジェクトも多いが、毎年予算を取り直す必要があると、事業の見通しが立ちにくい。
複数年度予算とは、こうした限界を補うために、複数の年度にまたがる計画を前提に予算を組む仕組みだ。事業者や企業にとっては「この先も政府がきちんと支援してくれる」という見通しが立てやすくなる。
一方で課題もある。支出の計画が長期化するほど、その途中で無駄が生まれても修正しにくくなる。「チェックが甘くなる」という批判は国内の専門家からも出ている。論点となるのは、達成指標(KPI)の設定・途中での見直しの仕組み・国会への定期的な報告といった、事後検証の設計をどう組み込むかだ。
「税収は自然に増える」という論法
演説で高市首相が強調したのは、「税率を上げなくても税収が自然増に向かう『強い経済』を構築する」という考え方だ。
これは、増税なしで財政を改善できるという論理だ。政府が投資を促して経済が成長すれば、企業の利益が増え、雇用と賃金が上がり、その結果として税収が増える──という連鎖を想定している。
この発想自体は経済学的に一定の支持を受けているが、批判も少なくない。「本当に成長が実現するかどうかは不確かだ」「成長を待っている間も財政赤字は積み上がる」という声だ。国内エコノミストからは、消費税(食料品)減税の財源をどう確保するのか、「積極財政で財政も改善する」という見立てを市場がどこまで受け入れるか、といった点が論点として挙げられている。
野党の反論──「生活はどうする」
演説後、野党各党からは批判と注文が続いた。
演説の力点は成長投資と財政の枠組みの見直しに置かれており、家計や物価高への直接の措置については、消費税(食料品)への言及があったとも一部で報じられたが(TBS・FNN)、具体的な内容の詳細は演説の中では相対的に薄かったとみられる。これが野党批判の背景となっている。
国民民主党の玉木代表は「国民の関心が一番高い物価高騰対策については、具体策が非常に乏しかった」と指摘した。食品や光熱費の値上がりが続く中、即効性のある対策への不満だ。
中道改革連合の小川代表は「産業サイドに偏りすぎていて、国民生活の隅々に目を行き届かせた温かい演説を聞きたかった」と述べた。AI・半導体・造船といった産業の強化と、日々の生活苦の解消とは、必ずしも直結しない──そうした批判の芯がある。
他の野党からも「賃上げに向けた政策が不十分だ」「減税を本気でやるのか疑問だ」という声が出た。演説が「成長」を語る言葉に力点を置く一方で、「では今、困っている人にどう応えるのか」という問いへの答えが薄いという共通した批判だ。
代表質問──論戦の口火を切る場
2月24日から3日間、衆参両院の本会議で各党の「代表質問」が行われる。
代表質問とは、与野党の代表が首相や閣僚に対し、施政方針演説の内容などについてまとめて質問する場だ。一問一答形式で行われる予算委員会の審議とは違い、各党がそれぞれの立場から問いを束ねてぶつける、論戦の口火を切る場となる。
今回の代表質問では、「物価高対策の具体策」「賃上げを実現する手立て」「食料品消費税ゼロの財源」「複数年度予算の歯止め」「財政規律の指標」などが主要テーマになると見込まれる。首相が「強い経済」という言葉で何を約束したのか、その言葉を野党がどう問い詰めるか──ここで論戦の輪郭が浮かび上がる。
「年度内に予算を」──時間との闘いも始まる
代表質問が終われば、与党は直ちに新年度予算案の審議を始めたい考えだ。「年度内成立」を目標に掲げている。
「年度内」とは、3月末までという意味だ。日本の会計年度は4月から始まる。3月31日までに予算が成立しなければ、4月1日から国の各機関や自治体が新年度の執行計画を動かせなくなる恐れがある。行政サービスや公共事業の執行に支障が出るため、年度内成立は政治的に最優先の課題になりやすい。
与党が早期に審議を進めたい一方で、野党は「審議をないがしろにはできない」として、十分な質疑時間の確保を求めている。審議日程をめぐる与野党の綱引きも、今後の国会運営の焦点になる。
市場と国際機関は何を見ているか
国内の政治論戦の一方で、海外の目も注がれている。
ロイターは、今回の「積極財政」路線について、財政拡大と同時に「市場の信認をどう確保するか」をセットで報じている。日本は長年にわたって国債を大量に発行してきており、財政への信頼が揺らぐと長期金利が上昇し、利払い費の増大が財政をさらに圧迫するという連鎖リスクがある。「積極財政の売り込みは簡単ではない」という見立ても出ている。
国際通貨基金(IMF)は、日本に対して財政への慎重さを促しており、消費税の引き下げには否定的な示唆を示している。財政余力の低下や債務負担の増大が懸念の背景にあるとみられる(ロイター報道)。
演説の言葉と、それを裏付ける具体策と財源──国内の有権者も、市場も、国際機関も、同じ問いを抱えている。
「成長」と「生活」、どちらが先か
論戦の焦点は大きく3点に集約されそうだ。①物価高騰への即効性のある手立て ②減税を含む負担軽減策の財源 ③積極財政の歯止め(達成指標と見直しの仕組み)──これらが代表質問から予算審議にかけて繰り返し問われることになる。
高市政権の「積極財政」が目指す先は、税収が増える強い経済の実現だ。その論理は、中長期的には説得力を持ちうる。しかし、物価高が続く今の生活で困っている人々にとって、「経済が強くなれば暮らしも良くなる」という連鎖は、まだ見えない未来の話でもある。
「成長のスイッチを押しまくる」演説と、「物価高の具体策が乏しい」という批判の間には、時間軸のずれがある。政府は長期の成長を語り、野党と有権者は今この瞬間の生活を問う──この問いへの答えが、連休明けの論戦で試される。
参考:NHK報道(2026年2月21日)、高市首相施政方針演説(首相官邸)、ロイター報道(2026年2月19・20日)、各党コメント(テレビ朝日・TBS・FNN報道)

