2026年2月20日、電気事業連合会(電事連)の新会長に関西電力(9503)の森望社長(63)が就任した。就任会見の冒頭、森会長はまず謝罪の言葉を口にした。「地域や国民からの原子力事業に対する信頼を損なわせ、事業の根幹を揺るがしかねない重大な事案であり、深くおわび申し上げる」。
トップに就いて最初の言葉が謝罪——その事実だけで、今の電力業界が置かれた状況の深刻さが伝わる。
そもそも「電事連」って何をする組織なのか
電気事業連合会(電事連)は、東京電力や関西電力、中部電力といった大手電力会社が加盟する業界団体だ。1952年に設立され、電力の安定供給や脱炭素に向けた政策提言、業界としての共通方針の発信などを担っている。
会長には加盟各社の社長が就く慣例があり、誰が会長になるかは「業界がいま何を最優先課題と考えているか」を象徴する人事でもある。
今回の人事がここまで注目される背景には、前会長の辞任がある。
前会長はなぜ辞任したのか——浜岡原発の「データ問題」
前会長を務めていたのは、中部電力(9502)の林欣吾社長だった。しかし2026年1月、中部電力が運営する浜岡原子力発電所(静岡県)をめぐる問題が発覚し、林会長は問題発覚を受けて辞任した。
問題の核心は「地震動評価のデータ」にある。少し解説が必要だ。
原子力発電所を再稼働させるには、原子力規制委員会の審査をパスしなければならない。この審査の根幹の一つが「基準地震動」の設定——つまり、この原発はどの程度の地震に耐えられるよう設計するか、という前提条件だ。
地震の揺れは一通りではないため、さまざまなパターンの地震波(波形)をシミュレーションし、その中から「代表波」と呼ばれる基準となる波を選んで設計に使う。ここが今回の問題の舞台だ。
中部電力は、この「代表波」の選び方が、原子力規制委員会の審査会合で説明していた方法と実際には異なっていた疑いがあると自ら公表した。一部報道では、その選び方が地震の揺れを過小評価につながり得るものだったと指摘されており、海外の原子力業界メディアは「都合のよいデータを選んだ(cherry-picked)」という表現で報じている。
基準地震動が小さく設定されれば、その後の耐震設計や安全評価も「緩め」になりうる。原子力規制委員会がこの問題を深刻に受け止め、審査をいったん中断したのはそのためだ。審査をやり直す、あるいは却下もあり得るとの見方も出ており、再稼働への道のりは大幅に遠のく可能性がある。
なぜ、これが「業界全体の問題」になるのか
「中部電力の話でしょう」と思うかもしれないが、実はそう単純ではない。
原子力発電所の再稼働は、規制をクリアするだけでは動かせない。地元自治体や住民、そして社会全体の「信頼」の上に成り立っている。審査のプロセスそのものへの疑念が生じれば、その影響は中部電力一社にとどまらない。
再稼働を進めようとしている他の電力会社への逆風にもなりうるし、将来的な原発の建て替え(リプレース)に向けた議論にも水を差す。だからこそ電事連の会長が就任会見の冒頭で謝罪し、「業界として再発防止に取り組む」と明言する必要があったのだ。
関西電力出身という「もう一つの重さ」
森会長の就任には、もう一つの注目点がある。電事連の会長に関西電力出身者が就くのは、2019年以来のことだ。
2019年、関西電力では経営幹部が原発立地地域の有力者から多額の金品を受け取っていた問題が発覚し、当時の社長が電事連会長を引責辞任した。「原子力×ガバナンス」への世論の目が一段と厳しくなったあの事件から約7年。今回の森会長はその記憶も背負って会見に臨んだ。
「過去のコンプライアンスに関わる事案にもしっかりと取り組んでいる」と森会長は述べた。言葉の裏に、見えない重みがある。
今後、何を見ればいいのか
この問題の行方を追う上で、注目すべき点は三つある。
一つ目は、中部電力が設置した第三者委員会の調査結果だ。「何が起き、なぜ起きたのか」が明らかになることで、今後の再発防止策の実効性が問われる。
二つ目は、原子力規制委員会が浜岡原発の審査をどう扱うかだ。中断した審査を最初からやり直すのか、それとも申請の却下という事態に至るのか。その判断が再稼働の見通しを大きく左右する。
三つ目は、電事連が業界全体として何を打ち出せるかだ。データ管理や審査プロセスの透明性を高める横断的なルールを示せるかどうかが、「個社の不祥事」を超えた本質的な信頼回復につながるかを左右する。
今回の会長交代は、原子力発電の是非を問う以前の話だ。「信頼をどう作り直すか」という、より根本的な問いを業界全体に突きつけている。その答えが出るまでの道のりは、決して短くない。

