脱中国なるか?米中“レアアース戦争”の深層

目次

✅ はじめに


「レアアースって聞いたことはあるけれど、中国が輸出を止めたら何が起きるの?」
そんな疑問から見えてくるのは、米中間の経済安全保障をめぐる静かな戦いです。

2025年春、トランプ大統領の対中関税強化を受け、中国は“レアアース”という戦略資源をめぐる強力な切り札の可能性を再びにじませました。iPhoneから戦闘機まで、あらゆる産業に欠かせないこの資源の行方が、いま世界の注目を集めています。

本記事では、レアアースの基本知識から米中の戦略、そして2025年4月に表面化した“銅”というもう一つの戦略資源の供給懸念まで、読者の素朴な疑問に寄り添いながら、わかりやすく整理していきます。

第1章:レアアースとは何か?中国がなぜ強いのか

レアアース(希土類)は、電気自動車(EV)、スマートフォン、風力タービン、さらにはミサイルや戦闘機など、ハイテク機器や軍事装備に欠かせない重要素材です。

見た目は地味な灰色の金属でも、その用途は“未来の技術を支える縁の下の力持ち”と言っても過言ではありません。

✅ なぜ中国が圧倒的に強いのか?

実は、レアアースの分野では採掘から加工・輸出までを中国がほぼ独占的に担っているという構造があります。

🌍 世界の採掘シェア(2023年時点)

国名採掘シェア(推定)
中国約 60〜62%
アメリカ約 13〜14%
ミャンマー約 9〜10%
オーストラリア約 8〜9%
その他約 5%以下

🏭 中国の加工シェア(2023年時点)

工程中国の世界シェア
採掘約 60%
加工(精製)約 92%

つまり中国は、「採って・精製して・輸出する」までを一手に担う“完全支配”の体制を築いています。

さらに注目すべきは、2010年に日本に対してレアアース輸出を一時停止した前例があること。これは、レアアースが単なる資源ではなく、“外交カード”として使われる可能性があることを世界に印象づけました。

第2章:アメリカでも加工できるのか?

ここで気になるのが、「アメリカ国内でもレアアースの加工はできないのか?」という素朴な疑問です。結論から言えば、技術的には可能ですが、いくつもの課題が立ちはだかっています。

✅ アメリカが直面する課題

課題内容
加工施設が少ない採掘は一部進んでいるものの、精製・加工施設がほとんど存在しない
環境規制が厳しい精製工程では放射性物質を伴うため、米国内では環境負荷に厳格な制限がかかる
コストが高い中国と比べると、人件費や規制対応費で加工コストが数倍に跳ね上がる
インフラと人材不足中国には長年の蓄積があるが、アメリカは設備も人材もまだ育成途上

たとえば、カリフォルニア州のマウンテンパス鉱山では、採掘は行われているものの、精製工程の多くを依然として中国に依存しているのが現実です。

ただし、こうした状況を打破するための動きも加速しています。

✅ 米国政府・民間の動き

  • MP Materials社は、2025年末を目標にテキサス州フォートワースでネオジム磁石の国内生産を開始予定。
  • 米国防総省(DOD)は、2027年までにレアアースの完全な国内供給網の構築を目指し、資金面・政策面で支援を拡大中。

今後、サプライチェーンの強化が進めば、中国依存の脱却が現実味を帯びてきますが、それには時間とコストを要します。

第3章:レアアースの精製が引き起こす環境破壊

レアアースの精製には、膨大な化学処理と排水処理が必要です。これに伴って、環境に与える影響は非常に大きく、**「環境にやさしくない未来素材」**とも揶揄されるほどです。

✅ 精製工程が抱える環境リスク

問題点内容
放射性廃棄物の発生トリウムやウランを含む鉱石が多く、放射性物質を含んだ廃棄物が出る
水質汚染酸や有機溶媒を使うため、廃液処理が不十分だと河川や地下水を汚染する
有害ガスの排出精製時にアンモニア系ガスや微粒子が大気中に放出されることがある
残渣処理精製後に大量に出る廃泥(スラッジ)の処分が難しい

🇨🇳 中国が先行してきた理由

中国がこの分野で他国に先行している理由のひとつは、**「環境コストをある程度許容してきたこと」**です。

たとえば、内モンゴル自治区の包頭市では、レアアース精製に伴う河川・土壌汚染が過去にたびたび報告されており、地元住民の健康被害も指摘されています。

一方で、欧米諸国では環境基準が厳しく、同様の工程を国内で展開するには高度な廃棄物処理設備莫大な費用が必要です。こうした事情が、中国依存を加速させてきた背景の一つです。

🔁 それでも進むリサイクル・代替技術の開発

現在、欧州や日本、アメリカでは、

  • レアアースを含む電子機器のリサイクル技術
  • 代替素材の開発(例:非レアアース磁石、セラミック材料)
  • 環境負荷の少ない精製プロセスの研究

などが進められており、こうした技術が将来的に依存構造を変える“ゲームチェンジャー”になる可能性もあります。

第4章:なぜトランプ大統領はESGや環境規制に否定的なのか?

ここまでの流れを見て、「もしかして、環境規制が資源戦略の足かせになっているのでは?」という疑問が浮かぶかもしれません。実は、トランプ大統領がESGや環境政策に懐疑的な理由の一つが、まさにそこにあります。

✅ トランプ政権の資源優先政策

トランプ氏は、在任時代から以下のような方針を掲げていました:

方針背景
環境規制の緩和「過剰な規制が経済成長を阻害する」という主張
化石燃料産業の復権石炭・シェールガス・石油産業への補助金と税制優遇
ESGへの反発「左派的な価値観」として、政府主導のESG投資を批判
鉱物資源の国内回帰レアアース・銅・リチウムなど重要鉱物の国産化を推進

このような政策の背景には、「エネルギーと鉱物資源の自立こそが国家安全保障につながる」という地政学的な視点が色濃くあります。

🇺🇸 米国内の意見は分裂

一方で、長期的な投資家や企業の中には、こうした急進的な規制撤廃に懸念を示す声もあります。

  • 「政策の不確実性が高すぎる」
  • 「環境対応を怠ると、逆に欧州市場などでの信用を失う」

2025年時点では、トランプ大統領が再び環境規制の“再撤廃”を公約として掲げており、国内外の投資家・企業にとっては再び注視すべきテーマとなっています。

第5章:中国が輸出規制をかけたらアメリカはどうなる?

2025年4月、中国は7種類の希土類鉱物とそれに関連する製品について、対米輸出の規制強化を発表しました。これにより、レアアースを中心とした戦略資源が再び**“経済兵器”として現実のものとなりつつあります**。

✅ アメリカが受けるインパクト(分野別)

分野影響内容
EV・スマートフォンモーターやバッテリーに使われるレアアースが不足し、製造コスト上昇・製品遅延のリスク
軍事産業レーダー、ミサイル、通信装置などの製造に支障。国家安全保障上の懸念が拡大
ハイテク製造業半導体製造装置や光学機器などで一部レアアースが不可欠。製造ラインの一時停止リスクも
サプライチェーン全体材料価格の高騰、代替素材の緊急調達、下流企業への影響連鎖

特に、MP Materials社やLynas社の製品供給先が軍事契約やインフラ関連である点からも、この規制は経済だけでなく国防にも直結する問題として扱われています。

📉 試算される損失規模(短期)

複数のシンクタンク(CSISなど)によると、短期的には以下のような影響が見込まれています:

  • 経済的損失:数十億〜100億ドル規模
  • 製造ラインの再設計や輸送手配による追加コストの増大
  • 企業の利益率圧迫と株価変動

📈 長期的な影響と対応策

対応戦略内容
サプライチェーンの再構築オーストラリア、日本、カナダなどの友好国からの調達体制構築
リサイクル技術の導入使用済み電子機器からのレアアース回収システムの拡充
国内加工能力の強化テキサス・ネバダでの新設工場が稼働予定(2025〜2027年)

アメリカは一刻も早く“脱中国依存”を目指さなければ、経済的・軍事的に大きな脆弱性を抱え続けることになります

第6章:逆に中国は大丈夫なのか?

中国は「売らなければいい」「他国に回せばいい」と考えているようにも見えますが、果たして本当に無傷なのでしょうか?
実は、レアアース規制は中国自身にも“ブーメラン効果”をもたらすリスクを含んでいます。

✅ 中国が直面するリスクと課題

観点内容
高付加価値市場の喪失アメリカはハイテク分野の最大顧客。輸出制限により利益率の高い市場を失う懸念
国際ルール違反の可能性WTOでは「資源を武器にする行為」に否定的。2012年には日本・EU・米国が勝訴
“脱中国依存”の加速米・日・豪・EUなどが代替供給網を急ピッチで構築中
国内企業への影響輸出規制により、鉱山・加工会社の売上が落ち込み、雇用・設備投資にも悪影響

特に懸念されるのは、**「中国を排除する技術開発・政策の加速」**です。

たとえば:

  • 🇯🇵 日本:JOGMECが豪Lynas社や国内企業と連携し、脱中国型サプライチェーンを構築
  • 🇺🇸 アメリカ:NioCorpやMP Materialsなどが国防総省の支援で生産拡大
  • 🇦🇺 オーストラリア:政府がレアアース精製施設への大型支援を継続
  • 🇪🇺 EU:2024年に「重要原材料法(CRMA)」を可決し、調達元多様化を制度化

📉 規制強化は、長期的に自らの市場シェアを損なう恐れも

いわば、中国のレアアース規制は「米国に痛手を与える短期戦術」ではありますが、同時に「脱中国依存という長期戦略の引き金」となってしまうリスクがあるのです。

第7章:もう一つの戦略資源、銅が底をつく?

2025年春、注目すべきはレアアースだけではありません。
──この基礎資源が今、世界経済の新たなリスク要因として浮上しています。

スマートフォンやEV、送電線やAIデータセンターに至るまで、銅は「電気を通す金属」としてインフラから最先端産業まで欠かせない存在です。そんな銅の在庫が、“歴史的な水準まで減少”しているというのです。

✅ 銅在庫の逼迫と背景

原因概要
インドの製錬所建設遅れ大型プロジェクトの遅延により供給計画が後ろ倒しに
中国・チリの鉱山稼働トラブル生産ラインの一時停止が相次ぐ
EV・再エネ向け需要の急増カーボンニュートラル政策が引き金に
トレーダーの買い占め先高観によるヘッジファンドの積極買いが進行中

パンパシフィック・カッパー(PPC)の予測では、2025年の世界の銅需給は16万トンの不足。この水準は、短期的な高騰を招くのに十分なインパクトを持っています。


📈 銅先物価格の推移(COMEX・月足)


出典:TradingView「HG1!(COMEX銅先物)」|2024年〜2025年の推移

時点価格(USD/lb)備考
2024年12月約4.05在庫懸念が高まる前の水準
2025年3月中旬約5.25在庫逼迫報道と投機筋の流入で高騰
2025年4月末約4.65いったん調整も依然高値圏で推移

🔍 今後の焦点

銅は、レアアースよりも流通量は多い一方、都市鉱山やリサイクルだけでは全体需要を支えきれないという現実があります。

アメリカやEUは国内鉱山の活用や精製インフラの強化に乗り出していますが、供給網の再編には時間とコストがかかることは、レアアース問題とまったく同じです。


🧭 教訓:資源リスクは「一物一価」ではない

レアアース、リチウム、ニッケル、銅──いずれもハイテクと環境の未来を担う資源であり、地政学・経済・環境の各側面からリスクを抱えています。
この先、私たちはこれらの資源をめぐる争奪戦に、より強く巻き込まれていくことになるかもしれません。

最終章:静かなる戦争、レアアースと銅をめぐる覇権

中国のレアアース輸出規制、アメリカの対抗措置、そして新たに浮上した銅の供給不安——。
2025年春、私たちは「静かなる資源戦争」が現実のものになりつつある瞬間に立ち会っています。

この戦いは、単なる貿易摩擦ではありません。
それは、サプライチェーンの支配権を巡る国家戦略であり、テクノロジーと経済覇権を誰が握るのかという問いそのものです。


✅ 米国の動きと課題

  • MP MaterialsやNioCorpなど、国内鉱物加工企業への投資拡大
  • DODやエネルギー省によるサプライチェーン強靭化支援
  • ESGとの両立に悩みながらも、現実的な「資源回帰」戦略へ

✅ 中国の立場とリスク

  • 経済カードとしてのレアアース・銅の武器化
  • 脱中国依存の世界的潮流にどう対応するか
  • WTO違反や外交的孤立を回避しつつ利益を確保できるか

🧭 私たちが問われている視点

この資源を巡る攻防は、企業や国家だけの問題ではありません。
スマホ、EV、家電製品──日常の中にあるあらゆるテクノロジーの背後に、「資源の出どころ」が存在しています。

  • どの国の資源に依存するのか
  • その供給はどれほど安定しているのか
  • リサイクルや代替素材の技術はどう進んでいるのか

「便利」の裏側にあるリスクを直視し、より持続可能な選択を私たち一人ひとりがどう考えるか
それこそが、資源覇権の時代に生きる私たちに突きつけられた静かな問いなのです。

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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