1. はじめに
2025年5月23日、ドナルド・トランプ前米大統領が自身のSNSで日本製鉄とUSスチールの「パートナーシップ」を承認すると表明し、両社による雇用7万人創出や140億ドルの経済効果に期待を示しましたReuters。ただし、完全子会社化には言及せず、Nippon Steelが取得できる株式保有比率がCFIUS最終審査や議会承認の鍵を握る状況が続いていますReuters。
2. 関連報道の要点整理

トランプ前大統領のSNS投稿では、以下のように「提携(パートナーシップ)」を承認する意向が示されました(NHKニュースより要旨抜粋)。
「USスチールがアメリカに残り、本社もピッツバーグで維持することを、私は誇りをもって発表します。これはUSスチールと日本製鉄の間で計画されたパートナーシップであり、少なくとも7万人の雇用を創出し、アメリカ経済に140億ドルの経済効果をもたらします」
完全子会社化に言及がない点の確認
- 「買収(Acquisition)」ではなく「提携(Partnership)」
NHK報道の見出しにも本文にも「買収」や「完全子会社化」という文言は登場せず、一貫して「パートナーシップ」という表現が用いられています。 - 株式取得比率についての記述なし
トランプ氏の投稿には、Nippon Steelが何%の株式を取得するかなどの詳細条件は一切記されておらず、あくまで「提携関係を承認する」という大枠のメッセージにとどまっています。 - 複数メディアの報道比較
ReutersやPoliticoの解説記事でも同様に、“partnership” 承認の意向は伝えられているものの、100%子会社化や株式取得比率の具体的な数字には言及がありません。これにより、Nippon Steelによる完全子会社化の可能性は現段階で確認できないと言えます。
以上のとおり、NHK報道をはじめ大手メディア各社が一貫して「パートナーシップ承認」の文脈で報じており、「完全子会社化」への言及は見当たりません。今後は、CFIUS審査や議会承認の過程で「何%の株式取得を認めるか」が焦点となります。
3. 提携交渉の経緯
3.1 Nippon Steelの買収提案発表と初期交渉
- 2023年12月18日
Nippon Steel Corporation(日本製鉄)は、米国の老舗鉄鋼メーカーU.S. Steel Corporation(U.S. Steel)を1株55ドル、総額約149億ドルで買収する提案を発表しました。この条件は、当時Cleveland-Cliffs社が示していた35ドルのオファーを大きく上回る142%のプレミアムを含むものでした ウィキペディア。 - 2024年前半
両社は株主承認を得るための交渉を続け、U.S. Steelの取締役会や主要株主との間で条件整備を進めました。Nippon Steelは提案を強化し、雇用維持や米国内への追加投資計画を説明しながら、合意形成を図りました。
3.2 CFIUS審査とバイデン政権下の阻止動向
- CFIUSによる安全保障審査開始
2023年末以降、米国の対外投資審査を担うCFIUS(Committee on Foreign Investment in the United States)が、本件取引の国家安全保障リスクを検討するための審査に着手しました。 - 2025年1月3日:バイデン大統領による買収禁止命令
審査結果を受けて、ジョー・バイデン大統領は1月3日付で「Nippon SteelによるU.S. Steelの買収およびそれに類する取引を全面的に禁止する」との行政命令を発出しました。この命令は、Nippon Steelおよびその関連会社が30日以内に取引を完全に撤回し、CFIUSに報告することを義務付けています The White House。 - 2025年1月6日:両社による司法手続き開始
Nippon SteelとU.S. Steelは、バイデン政権の決定を不服としてワシントン連邦地裁に提訴しました。両社は「CFIUSの手続きは政治的圧力により歪められた」と主張し、買収禁止命令の取り消しを求める訴訟を開始しています United States Steel Corporation。
このように、当初の大型提案から米国の安全保障審査、政権による正式な買収禁止、さらには司法段階での法的争いへと進展しており、一連の交渉は単なるM&Aにとどまらない国家間の政策判断と法的プロセスを含む複雑な局面を迎えています。
4. トランプ政権下の承認表明
4.1 SNS投稿の内容と狙い
2025年5月23日、トランプ前大統領は自身のSNS(Truth Social)に以下のように投稿しました:
“This will be a planned partnership between United States Steel and Nippon Steel, which will create at least 70,000 jobs and add $14 Billion Dollars to the U.S. Economy. The bulk of that investment will occur in the next 14 months. U.S. Steel will remain American, and we will grow bigger and stronger through a partnership with Nippon Steel.” ポリティコ
- 「Partnership(提携)」の強調
「買収(Acquisition)」ではなく「提携」を繰り返すことで、あくまで米国内企業の統治権の大幅移転を回避し、合弁的な関係にとどまる意図を示唆。 - 本社維持の断言
「U.S. Steel will remain American, keep its Headquarters in Pittsburgh」という文言で、ピッツバーグ本社の維持を保証し、地域雇用とシンボル的価値を守る姿勢をアピール。
4.2 雇用創出・経済効果の強調ポイント
- 雇用7万人創出
「70,000 jobs」と具体的な人数を示すことで、地域経済への直接的なメリットを印象づけ。製造業の雇用問題を抱えるペンシルベニア州有権者へのアピールを狙っています。Reuters - 140億ドルの投資規模
「add $14 Billion Dollars to the U.S. Economy」と表現し、短期的な資本注入効果を強調。内訳として最大40億ドルを新製鋼所建設に充てる計画も併記され、市場や政策当局への安心感を醸成しています。Reuters - 迅速な実行スケジュール
「next 14 months」という具体的な期間を示し、投資実行のスピード感を強調。政治的に「成果を約束できる期日」を明示することで、支持基盤への訴求力を高めています。
――以上のように、トランプ氏のSNS投稿は「提携」であることを繰り返し念押ししつつ、数字と期限を明示して地域・経済への具体的メリットを前面に出す構成となっており、承認判断の正当性と支持獲得を同時に狙ったものと言えます。
5. 本記事の視点:株式保有比率が握る成否の鍵
Nippon SteelによるUSスチール提携は「完全子会社化」ではなく、どの程度の株式を保有できるかが合意の成否を左右します。以下、主要シナリオを整理します。
5.1 現実的な保有比率の範囲
保有比率レンジ | 意味合いと課題 |
---|---|
50%超~100% (過半数~完全子会社) | – 完全支配が可能となるが、CFIUSや議会での阻止リスクが極めて高い。 – 国家安全保障や重要インフラの外国所有への懸念から行政命令や追加の政治・司法的ハードルが想定される。 |
50%未満~50%近傍 (非過半~過半未満) | – 実質的影響力は維持しつつも、形式上は合弁的スキームを構築可能。 – 議決権の制限が課題となるが、労働組合や地元議員の同意形成を得やすい。 |
30%前後 (少数株主) | – 経営参加の影響力は限定的。 – 投資リスクは抑制できるが、技術移転やガバナンス関与の面で優位性が薄れる。 |
5.2 過半数取得シナリオ(50%超~100%)
- メリット:取締役選任権や経営方針への決定的影響力を確保し、統合シナジーを最大化できる。
- リスク:
- CFIUSが「支配的支配権移転」と判断し再度阻止命令を出す可能性高いハドソン研究所。
- 上院・下院での議会審査過程で反対票が相次ぎ、最終承認が大幅に遅延あるいは不承認となるリスク。
5.3 50%未満シナリオ(過半数未満)
- メリット:
- 国家安全保障上の「外国による支配」の懸念を和らげ、CFIUS承認を得やすい。
- 地元州議員や労働組合との協調を重視する政治決定にポジティブに働く。
- 具体例:
- 45%取得+経営契約:株式の過半数は外部保有としつつ、取締役会での議席配分や重要事項決定権を契約で担保する方式。
- 40%取得+優先権付与:優先株スキームで配当や指名権を強化し、実質的な発言力を確保。
5.4 30%前後シナリオ(少数株主としての関与)
- メリット:
- 投資額を抑制しつつ、戦略的提携で技術・ノウハウを共有。
- 米国世論・政治圧力の影響を受けにくい。
- デメリット:経営参加度合いが限定的なため、統合効果やシナジーの実現が不十分となる可能性。
まとめ
完全子会社化の可能性は低い現状において、現実的な折衷案は「50%未満~50%近傍」の株式保有比率を軸としたスキームです。Nippon Steelがいかに実質的な影響力を維持しつつ、米国の政治的・規制的ハードルをクリアするオプションを選択できるかが、最終合意の鍵を握ります。
6. 市場・業界の反応
6.1 U.S. Steel株価の動き
トランプ前大統領の承認表明を受け、5月23日の米市場ではU.S. Steel(ティッカー:X)の株価が 約21%急騰 しました。投資家は「提携承認=買収実現への前兆」と受け止め、1日足で大きく買い戻しが入った格好です。対照的に、買収に敗れたCleveland-Cliffs(CLF)の株価は同日約7%下落し、関連銘柄にも明暗が分かれましたReutersInvestopedia。
6.2 アナリスト・エコノミストの見解
- ポジティブ派
- ペンシルベニア州選出の上院議員デイヴ・マコーミック氏は「アメリカの産業空洞化を食い止め、70,000人の雇用を守る大きな勝利だ」と歓迎のコメントReuters。
- 保守系シンクタンクのHeritage Foundation研究員ジョエル・グリフィス氏は「米国製造業への大型投資で、技術刷新と生産性向上が期待できる」と評価しています。
- 慎重派・反対派
- 労働組合United Steelworkers(USW)は、「外資による支配は労働条件悪化を招く」と改めて懸念を表明。特に「契約書で雇用維持義務を担保すべきだ」との要求を強めています。
- 一部エコノミストは「11月の中間選挙を意識し、政治的配慮が先行した可能性もある」と指摘。CFIUS最終審査や議会審議で合意内容が揺らぐリスクを警戒していますInvestopedia。
これらの反応を踏まえると、市場は短期的な「承認期待」で活況を呈していますが、最終合意の内容次第で再び不安定化する局面が予想されます。株式保有比率や雇用・投資条件の詳細が公表されるまでは、投資家の神経質な動きが続く見通しです。
7. 今後のスケジュールと注目ポイント
CFIUS最終報告のタイムライン
- 審査完了期限:CFIUSは通常、初期審査開始から45日以内(=2025年6月上旬まで)に最終報告を大統領府へ提出
- 大統領決定期日:報告提出後30日以内に、承認・条件付承認・拒否のいずれかを行政命令で表明
上下院での追認プロセス
- 上院・下院報告:CFIUS報告および大統領の承認決定は、30日以内に議会へ送付される
- 質疑応答期間:議会は30日間で質疑・追加情報要求が可能。上下院両院いずれかで議論が活発化する恐れあり
- 最終的な「ノーアクション」:議会が異議を申し立てない場合、承認内容は自動的に確定
最終契約締結までのステップ
- 条文案・条件交渉:Nippon SteelとU.S. Steel間で株式保有比率や取締役構成等の最終調整
- デューデリジェンス完了:CFIUS条件に沿った補足資料の提出および追加審査対応
- 株主承認手続き:両社株主総会での承認投票(必要に応じて追加情報の開示)
- 契約締結(クロージング):承認条件を満たした上で、法的手続きを経て正式に契約を履行開始
これらのステップを経て、Nippon Steelの出資比率やガバナンス条項が確定し、提携の全体像が明らかになります。
8. 結論・まとめ
本件提携において、完全子会社化の実現可能性はきわめて低いと考えられます。その背景には、CFIUSによる国家安全保障上の懸念や議会での反対リスクが依然強いこと、そして「提携(パートナーシップ)」というトランプ前大統領の表現にも見られるように、米国側が完全支配権移転を避けたい意向があるためです。
代替策として最も現実的なのは、「株式保有比率を50%未満~50%近傍にとどめつつ、実質的な経営参加権を契約で担保する」折衷案です。このシナリオであれば、Nippon Steelは十分な影響力を保持しながら、米国政府・議会・労働組合などの理解を得やすくなります。
日米双方にとってのリスクと利益
- リスク
- 米国側:重要インフラへの外国資本流入への警戒が残り、残存する政治的摩擦や追加条件付与の可能性。
- 日本製鉄側:過度に限定された議決権ではシナジーが不十分となり、投資回収や技術統合が思うように進まないリスク。
- 利益
- 米国側:雇用維持・創出と地域経済への投資効果を享受しつつ、自国企業の統治権を一定程度確保。
- 日本製鉄側:北米市場へのアクセス拡大と技術協業による製造力向上、収益基盤の強化。
最終的には、今後のCFIUS最終報告および議会レビューを踏まえ、Nippon SteelとU.S. Steelがどの程度の株式比率・経営参加条件で折り合いをつけるかが、提携成功の鍵となるでしょう。
【FPTRENDY内部リンク】
【外部関連リンク】
- 日本銀行(BOJ)公式サイト ─ 国内金利や政策決定の確認に。
- 米連邦準備制度理事会(FRB)公式サイト ─ FOMCや声明内容はこちら。
- Bloomberg(ブルームバーグ日本版) ─ 世界の金融・経済ニュースを網羅。
- Reuters(ロイター日本語版) ─ 最新のマーケット速報と経済記事。
- TradingView ─ 株価・為替・指数チャートの可視化に便利。